Double Cross the Reverse...  「逆巻き琴線――喪失ひ旋律」
Middle.
   

     散らかす傍から片付けないでよ。      それじゃ、いつか終っちゃうじゃないか。           GM  パーティがお開きになって、各々……与えられた部屋に引き返した後、です。     姫巳さんは、ふらりと。 廊下を歩いていました。 姫巳  (判定中……)→侵食率2%低下。     お、低い。 GM  ――ききき、かつ、かかかつ、かつ。 きかっ、かかか……     奇怪な人形が笑うような、そんな音が……響いてきます。     通路の向こう……数歩先、曲がった所から。 姫巳  そちらを見る。 GM  ――キリキリ、キキキ、かかっ、こっ……かつ、かつ、ぎしっ。     詩織「  、    、 ……    。 ……  」     鏡原詩織。     俯き、ブツブツと何事かを呟きながら……歩いています。     足取りも危うく。 姫巳  「鏡原君・・・」先ほどのことを思い出す・・・声をかける。 GM  調理場から拝借したのか……縋るようにナイフを握り閉めたまま。     かかっ …… 姫巳  何ゆえ声をかけるのか、それに「ともかく」で封をしたまま。 GM  立ち止まり、姫巳さんの方を見ます。     眼鏡の向こうの目は……曇っている――くすんでいるように、見えます。     詩織「……、  …………  」     何かをブツブツと呟いて……     また、顔を伏せます。 姫巳  殺人鬼「赤口(ミシャグジ)」は、そういう目を知っている。     ここまで深く曇ったものではないにしても、殺し甲斐のある相手を求めたとき・・・そんな目をしている相手を良く狙った。     ・・・そして、殺すときの自分の目が血溜まりに移ると、そんな色をしていた。 GM   おかしいわ おかしいわ       おかしいわ おかしいわ     犯しいわ オカシイわ       おろかしいわ  おかしいわ     ぶつぶつ、ぶつぶつ…… 姫巳  「鏡原君。君は何が言いたい?何がしたい?・・・この僕に何が言いたい?この僕に何がしたい?」     誘うようにか、解きほぐすようにか。     誘惑するように怪しく、背をさするように穏やかに、問う。 GM  詩織「ぜ―― ぜ、絶対、絶対おかしいわ! い・い・異常よ! 異常――異常よ!        あなたおかしいわ! なんでなんで? な、何でこんな状況で なんでそう」     顔をばっと向けます     詩織「普通で居られるの!?        え? なんで! き、気持ち悪いわ――気持ち悪いわ気持ち悪いわ気持ち悪いわ! き、きもちわるい!」 姫巳  「・・・いや、それは違う。」二つの色を乗せていた表情を、くしゃりと、一つの方向にゆがめる。 GM  ――ぅ う     本当に嘔吐しそうになったのか、それをこらえます。 姫巳  「違う・・・僕は普通じゃない。僕は・・・おかしい。ただ、ここは・・・全てがおかしいんだ。」 GM  詩織「そ、そうよ! おかしいわ、おかしい! く――狂ってるわ! 何もかもが狂ってるわよ!」 姫巳  「だから、君は、僕たちよりずっと本当の意味で普通だから・・・ここでは逆に異常になってしまっている・・・」 GM  詩織「耳にこびり付くオルゴールの音――赤いタイル、黒いタイル――奇妙に豪華なシャンデリア」 姫巳  「けど、「何もかも」に君自身が含まれるかどうかは、君次第だ。君自身を保たなきゃ、狂気に飲まれてしまうよ?」 GM  詩織「う――動く人形! 人形よ!        美しいわ――あ、あんな美しくていいわけないわ! そ、そんなの、そんなのあたしたち、みにくすぎるわ!」 姫巳  「・・・動く人形くらい、何だ。君には君が読みたい本があり、一緒に居たい人がいるんだろう?」 GM  詩織「み、みにくい! 私はそんなに醜かったの!? 生きてちゃいけないくらい醜いのよ!        あ、あなたもあなたも……ひ、ひいらぎくっ」     詰まって……     詩織「か、神無月君もよ! な、なんでなんで普通にしていられるの!?」 姫巳  「美しいくらい、何だ・・・。僕なんか、卑しいんだぞ。君は卑しくなかったろう」 GM  詩織「五月蝿い! 五月蝿い五月蝿い! 貴方の言ってること全てが意味不明よ! 全員の言葉が意味不明よ!」     ぶん と、腕を振って。 姫巳  「・・・彼が何故、普通にしていられるのか。」     「彼と一緒に居たいなら、誰かを思っているんなら、それを込みででも、彼を受け入れる覚悟をするべきだろう。」     「難しいのは分かっているが・・・分かり難いのも、すまないが・・・」     ああ。     私の中の二面性が沸き立つ。 GM  詩織「受け入れる!? これを受け入れるの!」     あはははははははははははははははははははははははははは     唐突に、そうやって笑う。     詩織「腐臭のするぬいぐるみを受け入れるの!        血の色と香りのお風呂を受け入れるの!        頭の欠けた執事を受け入れるの! GM     顎の無いメイドを受け入れるの!」 姫巳  「・・・笑うなっ。必ず受け入れろ、とは言わない。君にとって大事だと思うものを、だ。そのためなら、他は拒絶していい。」     私の外が、彼女に肩入れする。狂気に苦しむ彼女は私。     私の中が、彼女を憎む。狂気如きに怯える彼女は敵。 GM  詩織「おかしいわ! 犯しいわ! だって、だってあのひとたち、まぐわっていたわ!        さっき覗いた部屋で! あんな、気持ち悪いの見たこと無い!」     頭を抱えて、髪を引き抜く。 姫巳  「・・・僕だって、あれらは受け入れられない。だが、受け入れられないのであれば、受け入れなくてもいい。」     「ソレに対して向き合い、何とかすれば。」     「・・・乙女が、髪を傷めるんじゃない。」     差し伸べかける手、を GM  詩織「貴方の言葉なんてもう聞かない! 誰の言葉も聞かないわ!         私は正常よ私は正常よ私は正常、私が正しいはずっ……っ!        か、神無月君も、おかしくなっちゃった。 きっとおかしい。        だって、だって、こんななかで、私と会話できるわけがない、私からはなれちゃった」 姫巳  「・・・そうだ、君は正しい。君は・・・間違っていない、のだが・・・」 GM  詩織「チガウワ、そうよ! 違うわ!! きっと最初からおかしかったのよ!        ―― 神無月柊は最初からおかしかった! 」     はっと気付いたように。     詩織「私以外の全部おかしかったのよ! あ――あなたもよ! 貴方も狂ってるんだわ! 異常なのよ!」 姫巳  正気の僕が悶え苦しむ。狂気の僕が嘲笑う。何も出来ない・・・あるいは何もしたくない。     外の世界が、僕にとっては狂気を苛み正気を縛る牢獄だったから・・・ GM  詩織「あはは、そうよ! 私だけ正しいのよ!         だからこんなに苦しいんだ!        そう! そうなの! 私の方が正しくて、わたしが」 姫巳  何処にも居場所が無いことが当たり前の人間には、ここの狂気に居場所を無くした人間を、どうすればいいのか。     「・・・それなら、どうする。」     「君が正しいと君は思うんなら。」 GM  詩織「だから みんな 狂ってて、だから、いいの、それが正しくて、あははぁ……そっかぁ」 姫巳  「君はどうする、ここを。」     「君を捨てるな。君はどう思う。君がここを拒絶したいなら、ココを壊せ。君自身を壊すな。」 GM  詩織「知らない知らない。ここに私は居ない。あなた――ドチラサマ?」 姫巳  頼む・・・狂ってくれるな。     祈りが届かない。 GM  ぶんぶん、と頭を振って     頭を振って     振ってから。 姫巳  最前から・・・私の心が、暗く沸き立っているんだ。     この子のことを・・・もっと知りたいと。闘争の限りを尽くすほど、解体しつくすほど、殺しつくすほど・・・知りたいと。                            ――チャキリ GM  ナイフが。     光を、反射する。 姫巳  「救われたいなら・・・僕が救う。だから、君は・・・!」     キミハクルッテワタシノエサニナラナイデクレ     いえない台詞、ナイフの光。 GM  詩織「知らない。知らない人で、正しくないなら、あ、こ、壊してしまった方が良いよね? よね? いいよね?」     カタカタカタカタ 姫巳  ああ、ああ。 GM  ナイフを向けて、 じりじりと、下がる。 姫巳  なんと卑しく、無力な私。     何と好ましく、愛しき餌(キミ)よ。     ・・・     それでも、最後に     「・・・僕を壊したいなら、壊せ。」 GM  詩織「ゆ、歪んでいる、全然正しくないものを、抱えたまま……ふ、普通のふりをするな!」     それは、全否定の言葉。 姫巳  「それで君が救われるなら・・・僕を壊せ。」     あらん限りの正気を絞った、狂気の台詞を、噛み締めた歯から搾り出す。 GM  詩織「こ、壊れて、く、狂ってるんだったら、さい……最初から、ふ、普通に溶け込むな! 正しい所に居るな! く、腐ってる!」     それらは、ここに居る人間への、全否定の言葉。     詩織「 ―― アナタタチ ハ イテハイケナイ ―― 」 姫巳  「・・・分かっているさ、そんなこと。分かっているんだよ、私は、狂っている・・・私たちは、かも、しれないが。」 GM  カタカタカタカタ ―― カタ。     ナイフの振るえが、止まった。     じりじり ―― じり。     後ずさりが、止まった。 姫巳  「僕は怪物だ・・・都市伝説の殺人鬼「赤口(ミシャグジ)」だ。僕を壊すのに躊躇するな」     「君に狂気を否定したいほどの正気での願いがあるなら・・・僕を壊して見せろ。」 GM  詩織「あ―― あははははははははははははははははははははははははははは!! 」     等しく嗤え。 GM  そして、飛び掛ります。     ぶんっ……     コンマ秒の視界     裂けたみたいに、口の端が釣りあがっている彼女     刃の軌跡が見える     空中に、水滴が散っている     微かな灯りが、自分たちを映している     そして切っ先が――姫巳の胸に、到達する。 姫巳  その水滴は・・・涙? GM  わかりません。 姫巳  ならば僕は涙だと信じよう。彼女の魂の名誉のために。     そして、赤口としての僕は嘲笑おう。     素人の小娘が、薙ぎ払う形で服の上からナイフを振っても、さして深く切れはしない。     そして、生徒会長としての僕は悲しみと慰めに微笑もう。     薙ぎ払われたナイフを握る手を取り、彼女を抱きしめる。 GM  ――ひ…… 姫巳  「・・・君は正気だな。少なくとも、狂気は足りているとは言えない。」     「君は、正気だ。正気を味あわせてもらった。」     深く抱きしめる。     味わった刃の一撃に貪欲に哂う、この僕の顔を、彼女の最後の記憶にしないように、その顔が彼女の視界に入らないように。     ああ・・・そして     これから放つ攻撃の感触を想像し、火照りぬめる体、毀れる涎、吊りあがった唇を舐める舌の赤さ。     ああ僕の胸と触れ合う君の胸、かすかにずれて響く君の鼓動、その弱弱しきを貫くことに、     官能を君の心拍に合わせてうずかせる僕の浅ましさよ。     君よ許したまうな。僕も、僕を許すな。     ・・・許されざることに思いをはせることすら、快楽と鳴る刹那の一瞬に     絶望し、絶頂しながら     僕を狂わせた、僕の狂いから生まれた力で     彼女を貫こう。せめて、一瞬で。     GM  ――     とくとくと     とくとくとくと     赤い水溜りが、ゆっくり広がっている。     一人分の躯が、廊下に横に、なっています。 姫巳  「はァっ、ハぁッ・・・ッ・・・ァ、ア・・・くあっ・・・」荒い溜息。     絶望と絶頂と、純白のドレスを身体にへばりつかせ浮き立たせる、抱きしめて殺した証の赤い赤い血のずっしりとした濡れ。     立っていられなくなって、先に骸になった彼女を見ながら、壁に寄りかかり、ずり下がるようにして、廊下の床に身体を委ねる。 姫巳  「・・ふぅっ・・・ぅあ・・・」     熱に浮かされ涙に潤んだ瞳で、先ほどまで鏡原詩織だった柔らかな肉塊を見すえ、     獣のように四つんばいで、濡れた体の線を浮き立たせ揺らして這い寄る。     殺した相手は、己の「力」たる、身体に宿る生物たちに喰らわせる。     それが、殺人鬼「赤口」が、都市伝説となり、都市伝説である秘密。     名の通り赤く濡れた唇を開き、その手にあの生き物を産み堕として     その肉に迫りかけるが。 姫巳  「・・・かっ、あ・・・」     出来なかった。     何故だか分からない。どうしたのか分からない。ひょっとして、分かるのを拒んでいるのかもしれなかった。     喉の空気が固形化したような気分の悪さ。     幾つかの記憶がオーバーラップする。ここに来る前の彼女。柊と一緒に楽しそうにしていた彼女。     自分とも仲が良く、慕ってくれていた彼女。     肉ではない。後輩だ。肉ではない、柊の大切な人だ。肉ではない友達だ。     ・・・肉ではない、人間だ。     「・・・ああ・・・」 GM   ――清智先輩ですか……。お噂はかねがね。      ――図書委員の鏡原詩織です! よろしくおねがいしますね!     彼女の声が聞こえます。     あくまで、記憶。     現実とは違う。 姫巳  「・・・」     歯車が歪み、別の方向へと動いた衝動は、別の方向へと動き出す。     彼女を抱き上げようとする・・・萎えた身体では叶わない。     だけれども。     「女の子を、こんな顔では・・・放っておけないよね。」     彼女の頭を、掻き抱く。     細い首を、身体から離す。肉は食べられない・・・でも、舌で血を拭い吸い出すことは出来た。     「ああ、そんな風に思いながら。こんなに狂ったことをしてしまう・・・この程度なら、なんて、浅ましく思いながら。」     彼女の首を抱き、腕に下げていた、小さなハンドバックの中身をぶちまける。化粧直しをするときのために持ってきた、化粧品。     彼女の顔に、施す死化粧。     誰にだって見つかってしまう、廊下の真ん中で。 姫巳  いっそ見つけてくれ・・・ GM  ……つ     ……かつ  かつ  かつ …… 姫巳  不幸な発見者も殺せるから/見つけていっそこんな私を殺してくれ     真っ二つにスラッシュされた心の半分と半分が叫ぶ。 GM  足音が聞こえます。     誰かが、歩み寄って……きます。 姫巳  ・・・     結局     そのどちらの心にも、逆らって     萎えた足をよろめかせ動かし     力の抜けた腕で懸命に彼女を抱きしめて     その場を去ります。 GM  ――かつ。     目玉の無い。頭の無い――顔の上半分の無い、この館の執事。     根津「……おやおや、これはこれは」     鼻を動かしてから、笑う――       ――きしゃり。     口だけの笑いは、あまりにも奇妙だ。     根津「 後片付けは、 お任せください 」     誰とも無く――彼は、そう言った。       姫巳  (ああ、鏡原、柊・・・)思う。     (・・・ごめんね、ごめん)殺人鬼らしからぬことを、思う。     ・・・


               

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