・ 泡吹き等の命ほらふきなどのいのいち

    第一幕◆子守唄のように。        

    第二幕◆溶け行き一つへ。   

    第三幕◆揺らがぬ鼓動と。

    第四幕◆螺旋なりし偶像。



     第二幕◆溶け行き一つへ。 1


唯一の曲律Melting Mix”の時鏡奏手ときかがみ かなで
 UGN(ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク)で働き始めてから早五年。敏腕エージェントとして、それなりに名が通り始めている……と、思う。少なくとも、私のそのコードネーム――この業界に於いては二つ名、肩書き、性格と性質を示す指針のようなもの――“唯一の曲律メルティングミックス”と聞いて、警戒を示し撤退を選択する敵対者達が、そこそこ見受けられる程度には。
 けれど実力があると認識されることは、然るべき責任も伴うことを指す。
 つまり、作戦遂行のリーダーを任されることすらもあるのだ。
 責任重大なのよ。
 時鏡奏手ちゃん、秘密任務真っ最中♪
 ……などと茶目っ気が炸裂したところで、現状の認識と事態の整理をしておく。
 UGNは世界的規模の組織ではあるものの、実は日本での展開は、他国と比べてかなりの後れを取っている。経過はややこしいので端折ってしまうが、『レネゲイドウィルス』の危険性が秘密裏に告知されたとき、日本政府の腰の重さが裏目に出たのだ。おかげで現在日本では、レネゲイドウィルス関連の犯罪・事件を取り扱う機関が三つ、しかもそれぞれが勝手に存在している。
 UGN、公安警察、そして防衛隊。
 連携を取り合うわけでもなく、かといって表立っていがみ合うわけでもなく。睨みを利かせ合っているような、非常に不安定で繊細な状況。一触即発、ただし不発弾……と言ったような有様よ。本来国家直営の組織として公安警察と同期を図っていたはずの労働厚生省は、最近はUGNと連携をし始めている。強硬派の道を行く公安警察と、穏健派の道を選択した労働厚生省で、衝突が起きたのだ。このまま進めばUGNが労働厚生省に認められ、日本でも国家的組織となる日は近いかもしれない。しかしそれも、あくまで気休めレベルの展望だ。
 とても他組織が小数点以下なんて、お気楽なことは言ってられない。
 もし言った奴がいたら、社会人間学を叩き込んで首を括らせてやる。
 そして……UGN内部すら、一枚岩とは言えない。
 レネゲイドウィルス感染者にして発症者――『オーヴァード』達が世間様に認められるべく、日々身を粉にして働いている私としては、どうも歯車が少しも噛み合わないで、ぎちぎちエンストしてるような――歯がゆくてどぉーしようもない気分なわけだけれど。
 私情は脇に除けるのが大人。
 かくして嫌な煙を噴出し始めている日本のレネゲイドウィルス事情に、火種を投下して行く奴らこそが、にっくきテロ集団。中でも筆頭は、FH(ファルス・ハーツ)。異能者、オーヴァードによる国際テロ集団、目的も素性も一切が不明。ただただ破壊行為を繰り返しているかのようにすら、見える。
 頭が痛いわ。
 しかし前向きに捉えてみれば、彼らはそれなりに有為でもある。何故なら、敵を前にして集団は一致団結するものと、昔から相場が最終決算――より大きな危機の前に、目の前の小さな危機は淘汰されがちと言うこと。FH共が蠢くほど、方針として日本は一丸とならざるを得ない。
 勿論、強引なポジティブシンキングだけれども。
 そんなこんなで、公安警察、防衛隊、UGNの連携作戦が試験的に打ち出されたりもするわけで――今回は、UGNの有能さを他組織にアピールせずにはいられない。平たく言えば、その役目の一端を今の私は背負ってる。
 心して取りかからないと。
 他機関へのアピールを差し引いても、今回の任務はいささか難しい問題をはらんでいる。事の発端は、UGNに所属していた有能な研究者の失踪だ。名は“現創りReal-Lies”の夜吹木枯やぶき こがらし。――“現創りリアライズ”と言えば、この世界の組織であれば知らない者は居ないであろう、並ぶ者無しのレネゲイド研究家であり、彼の失踪は取りざたされた。
 有能な研究者の、突然の失踪。
 五年前を、彷彿させる出来事。
 研究の際、事故で逝った私の父、時鏡響基ひびき。彼と共に研究を行っていた研究者が、事故後間もなくして失踪した事件。調査の結果、彼の死亡が確認され――事態は決着を見た。がしかし、彼もまた――“新緋色Last Scarlet”と称されし天才であったがゆえに、UGNにとっては失態であり大損害であった。
 事件の記録はほとんど闇に葬られたが。
“ラストスカーレット”を繰り返してはならない。
 と言うわけで、“現創りリアライズ”に関しては早々に手を打たれ、行方の大捜索が開始された。すると、ちょうど公安警察、防衛隊と協力関係を結ぶ名目で進められていた作戦――FHの破壊工作を未然に防ぐ試み、その一つとして目をつけられていた地点に、彼の痕跡が見られることが判明したのだ。
 こうなると、ある予想が成り立つ。
 すなわち、“現創りリアライズ”はUGNに愛想を尽かし、FHへ下ったのだと。
 それ自体大きな損失ではあるのだが、さらなる問題として、もしも……『UGNとFHが繋がっているのではないか』と他の機関に『勘違い』されてしまっては、困る。かりそめの協調関係にすらひびが入る。
 なので私の真の任務とは。
『UGNにとって嫌疑をかけられかねない要素を発見し次第、即座に回収、あるいは破壊し、他機関に気取られないこと』――である。勿論、その中にあって、アピールをする余裕も忘れてはいけない。無理とは言わないけれど、難題だわ。
 かくして、発見されたFHのアジトらしき建造物への突入作戦が、実行された。
 一見普通の御屋敷豪邸――豪邸って普通じゃないけれども――の内部が、まさか仕掛けだらけのトラップハウスだったなんて展開。
 這入ってびっくり、どきっ☆トラップだらけの御屋敷事情、突撃隣の秘密基地!
 可愛く言うならば……
 時鏡奏手ちゃん、突入作戦真っ最中♪
「言ってる場合じゃないわね――私一人になっちゃったわ」
 やれやれと、私は頭に手をやる。
 実際のところ、洒落にならない仕掛けの宝庫。
 設計者はさぞ、性格の悪い人間だと思われる。
 また、オーヴァード擁護の目的も持つUGNには多くオーヴァードの隊員が在籍しているのに対し、公安警察・防衛隊はそうではない。無論彼らの中にも選りすぐられたオーヴァード達は居るのだろうが、このような半分名目だけの作戦に、わざわざ多く派遣されたりはしない。
 が、それは甘かった。
 トラップの餌食である。
 私の率いる部隊は、今の隔壁トラップで完全に分断された。
 突然の三重隔壁。
 挟まれて命を失ったり、重大な負傷を負った者はいなさそうだけれど……突破出来たのは、私一人だった。隔壁を解除・破壊するのには時間がかかってしまうし――ま、ちょうど良い頃合いでしょう。
 通信機で連絡を取る。
「……ええ、そう。撤退して頂戴。ここからは私単身で、行けるところまで行くわ。……ええ。そう。よろしく」
 この階――最上階に残っている部屋も、一つか二つ。私だけで問題ない。本来の任務から考えても、単身の方がやりやすいし。機動性に関しては上がるわけだし――正直言って、非オーヴァードは戦線に於いて足手まとい。チームの指揮官としては二流かもしれないけど、UGNのエージェントして、私は優秀よ。
 ここからは、“唯一の曲律メルティングミックス”の時鏡奏手が通るわ。
 軽く検分を行うものの、誘い受けるような扉の他には、目につくものなど何もない。
「ふぅん……どうやら足止めは、さっきの隔壁でおしまいみたいね」
 つまりは大仰なこの扉が、今作戦における最後の砦――攻略しない選択肢は存在しない。
 トラップに注意を払いつつ、両開きの扉に手をかける――開く。
「うっ……」
 眩しい。
 眩しい部屋――なまじ廊下は光が遮断されてただけに、外の光をふんだんに取り込んだ内装は、一瞬の視力を奪われるのに十分だった。
 焦燥。
 とっさに構え直す――けれど、特に襲撃らしいものは特にない。慣れ始めた目で、周囲を確認する。
 八角形の広い部屋。
 随所に存在する窓。
 とりわけ、高い位置のステンドグラス達が印象的。
 家具はほとんど無いが、床も壁も装飾されている。
 そして向かいの奥に、豪奢な椅子、座った女の子。
 ――傍らに、女性。
「くるっく」
 彼女が、口を開いた。
 予想通りの声――知っている声。そう、こんな内装を好む、こんな演出を望む、そんな人物を――私は既に一名、知っている。
 知りたくもないけれど、知っている。
「午後二時の十六分前――予想よりは若干早かったんじゃないの。一人?」
「ギャラリーが居なくて残念だったわね。性質の悪いトラップのおかげで、すっかりはぐれちゃったのよ――飾利」
 彼女はこちらを向いた。
「くるっく――なんだ、奏手じゃないの」
 薄く紫のかかった髪。二つの長く太い縦ロールと言った、特徴的な髪型。体にフィットした服に、ちょっと長めのホットパンツ。ガーターに吊られた艶やかなストッキング、脚線美を強調するハイヒール。全体的に紫がかった色彩のチョイス。引き締まった印象の取り合わせは、揃って左右対称。おそらくお洒落として装着しているのであろう――左の片眼鏡モノクルだけが、それを裏切っている。その奥には、目つきだけは優しそうな垂れ目。高貴でお淑やかそうな顔立ち。
和睦の服飾Full Fashion世鏡飾利よかがみ かざり
 世鏡家とは、かつて時鏡家とたもとを分けた家系であり、元をたどれば同じ鏡家らしい。それゆえに、両者の中は非常に悪い。と言うか、UGNにその大半が所属している時鏡家に対し、世鏡家は当てつけのようにFHに所属している。仲が悪いどころではなく、ほとんど殺し合いの体だ。
 そして私と世鏡飾利は、輪をかけて仲が悪い。
 加えて、望んでもいないのにたびたび出会う。
 腐れ縁。もうこれで五度目くらいな気がする。
 まったくもう。
 腰に手を当て、余裕ある私の態度をまざまざと見せつけつつ、話し始めた。
「何となく途中から、貴方が待ち受けてるんじゃないかと思っていたのよ、飾利。何せこんな性悪な仕掛けが敷き詰めてある御屋敷だものね」
 対して飾利は、両手で髪をふわりと払う、これまた気取った仕草で返した。
「途中までわからないだなんて、低能じゃないの、奏手。こんなに洒脱で瀟洒な建物を視界に捉えた時点で、連想しておくべきじゃないの?」
「――貴方のことが嫌い過ぎて、すっかり忘却のかなただったのよ。数えるのも嫌になるけれど、顔を合わせるのはこれで五度目くらいになるかしら」
「とっても残念でうんざりする話だけど、実は六度目。物を正しく数えることすら出来ないだなんて、つくづく低能極まるんじゃないの?」
「小学生低学年レベルの算数が出来た程度で良い気になれるだなんて、お安いわね。何それ、気位の特売セールかしら。私は貴方のことなんか、歯牙にもかけてないだけのことよ」
「最初から売れるほどの気位すら持ち合わせてない、粗雑な貴方とは違ってよ。わざわざ格下の人間のことを記憶して上げているのに、その気遣いに気付くことも出来ないだなんて、そっちこそ国語力が小学生レベルなんじゃないの?」
「はぁ……っ? 時代錯誤の片眼鏡なんかしてる色ボケマジシャン気取りが、いけしゃあしゃあと言ってくれるわ!」
「そっちこそ、大人しく聞いてあげていればつけ上がってくれるじゃないの! 釣り上がってるのはそのムカツク目つきだけで十分じゃないの!?」
 両者早々に理性の堤防が決壊する。
 まぁ。
 良く持った方だと、我ながら思う。
「柔和な顔してえげつないことに手を染める奴等よりは、百倍もましよ!」
「無辜の民どもを、自分等擁護のために騙し続けてるエゴイストの癖に!」
「はっ、野獣みたいに暴力に訴えるテロリストが!」
「その獣相手にすら後れを取ってる無能な下種め!」
「五月蠅いわ、伯爵コスプレ!」
「巫山戯ろ、色気皆無ガール!」
「怪人ハトポッポ!」
「妖怪カマイタチ!」
「ドテカボチャ!」
「オタンコナス!」
「エシャロット!」
「コールラビー!」
 以下略。
 悪口の強さはガンガン上がって、反比例するようにレベルが下がって行ったと。
 それだけで言葉が足りる。
 私達は肩で息をしていた。
「はあ、はあ……」
「ぜい、ぜい……」
「ちょっと……はあ……奏手……、こんなことしてる場合じゃないんじゃないの、私達……」
「あら、奇遇ね、飾利……。私もちょうど、そんな風に思っていた……ところよ、ふう……」
「でも、はあ……い、息が……」
「少し、ふう……整えましょう」
 深呼吸。
「……それで? わざわざ貴方が出てきたってことは、何かあるんでしょ」
「くるっく、察しが良いじゃないの。でも、褒めたげないわ。――この子」
 飾利は傍らの、椅子に座った女の子を示す。
 装飾の凝らされた重厚な作りの椅子は、薄く明るい色調の室内にあって、血よりも深紅な赤地。深く腰掛けた女の子は、純白のドレスに身を包まれていた。瞼をかたくなに閉じて、眠りに落ちているよう。十歳かそこらだろうか、あどけない顔。肩口よりも短めに切りそろえられた、黒髪。左目の下に、泣きぼくろのアクセント。
 美しく。
 天使のように仕立て上げられていた。
「その子が――何なの?」
 左右対称に薄く微笑んで、飾利はそっ……と、その子の頬を撫でる。
「“慈悲Innocuous”――彼は、この子に、そう名付けた」
「“慈悲イノキュオス”――その、彼、と言うのは勿論――」
「考えてる通りよ」
 片眼鏡越しに、横目で彼女は私を見据えた。
「貴方達の探してる、先日UGNを脱した――“現創りリアライズ”――その人じゃないの」
「その子は彼の残した『置き土産』って――そう言うことね」
「推察としては百点満点じゃないの。だから貴方――この子が欲しいんじゃないの?」
 私は一歩、前に出る。面と向かって正面切って。
「寄越しなさいよ」
 飾利も一歩、前進した。真っ向から向き合って。
「でも、あげない」
 視線が直線上でぶつかり合う。
「私はこう命令を受けてるの――『午後二時になったら、この場から撤収せよ』そして、『その際“慈悲イノキュオス”がどうなっていても構わない』つまり、『処分されていても構わない』。くるっく――」
 楽しそうに笑顔を見せて。
「だから私は、午後二時ジャストに、この子を殺す」
「はんっ!」
 それを私は、笑い飛ばす。
「要約すれば、『私は二時までの残り三分以内に貴方を駆逐し』、『“慈悲イノキュオス”を確保・保護すれば良い』と――そう言うことよね。相変わらずの単純明快な演出だわ」
「素敵じゃないの」
 飾利は宙へと視線を浮かせ、乙女のように歌い出す。
「全ては『飾り』に過ぎないじゃないの。人間はその尽くが『飾り』! 複雑なものなんて何一つ無い。人の持ち合わせている動機なんて、『好き』か『嫌い』か、『したい』か『したくない』か、『やらざるをえない』か『やらなざるをえない』か、そして『どれにも決めない』の――三基準プラス一、七通りだけじゃないの! 後は順列組み合わせ、集団における交叉模様――物事はすべて、本来単純シンプルなの。正義も罪悪も平和も戦争も堕落も信念も人格も世界も! ひっくるめて何もかもが演出――服飾品、アタッチメント、アクセサリ!」
 すぅ、と、彼女は大きく息を吸った。
「だからこそ! 『飾り』がこの上なく大事なの! だからこそ! 私は自分の名前に誠心誠意・感謝御礼・満漢全席――感激して大いに誇示すること、とどまりない! そう、世鏡飾利――それが私の名前じゃないの!」
 満面の、鬼気迫る笑顔に対し――、私はパチンと髪留めを外した。
 そして――カツン!
 大きく床を踏みしめて。
「ご託の羅列はもうお終い! 時間が無いのよ――時鏡奏手が大手を振って大通るわ! 往かせて、もらうわよ」
 まるで奇術師マジシャンさながらに――飾利は両腕を優雅に広げて、迎えるジェスチャ。
 どうぞ――と、口を開く。
「豪華絢爛に、天へと召されなさい!」
 彼女が両腕で――大きく招く。
「好きな葬送曲、選ばせてあげるわ!」
 私は髪留めを――変換させる。
 途端、部屋中の窓ガラスが同時に内側へ割れ、砕け散る。陽光を反射し、各々キラキラと輝く破片――ガラスそれ自体が爆発したかのような燦々たる轟音は、しかし直後、別の音によって掻き消されていた。
 羽音。
 それも、鳥の、大量の、羽音。
 視界を埋め尽くす――羽、羽根、羽毛、翼――鳩の群れ!
 白から深灰色、茶色から紫色まで、色とりどりに、まるで節操無く。
 鳩達は、広大なこの部屋へ溢れんばかりに、とめどなく押し寄せて来ていた。
「――くっ!」
和睦の服飾フルファッション”!
 症例シンドロームはキュマイラとオルクスの雑種クロスブリード
 中でもこれは、オルクスの方に分類される能力――オルクスシンドロームの発症者は、己の『因子』を周囲へ浸透させることにより、空間そのものを操ることが出来ると言う。極端に言ってしまえば、一定範囲内に存在するあらゆる物体を把握し、自分の所有物――まるで手足のように操作することが可能なのだ。自意識を所有する対象はその限りではないそうだが……、周囲の空気、大地、水分、植物、動物さえもが、彼らの支配下――それこそが空間使い、オルクスシンドローム。
 周囲の空間を、身体の延長上に捉える。
 既存の構造を、自分の色に塗り替える。
 その恐るべき能力を以て、一帯の鳩という鳩をかき集め、統制し――この部屋へ。
 生存本能を放棄し、鷹も真っ青の高速飛翔で突っ込んでくる、鳩のオンパレード。
 いくら元がただの鳥に過ぎなくとも、引き起こされる現象はもはや物理的な脅威!
 しかし――
「貴方の演出マジックは、もう見飽きたわ」
 ――ぐぅう、ううううん、ん――
 全方位の鳩達の動きが緩やかになり、落下しきらない破片は速度を落とし、
 飾利の動作がコマ送りのようになり、身辺を囲む空気は重さと粘度を増し――
 ――たがごとく、私には感じられた。
 私が“唯一の曲律メルティングミックス”たる所以ゆえん――
 ――症例シンドロームはハヌマーンとモルフェウスの雑種クロスブリード、そしてこれはハヌマーンシンドロームの方の特徴だ。
 すなわち、相対的な体感覚における時間操作。
 人の意識とは、それが一種波のようなものである――という理論。別段、突飛なものではなく、動力自体は血流だし、厳密に述べれば人の意識なんて神経細胞の情報伝達――そのうねりに過ぎない。
 それを、加速させる。
 勿論、意識だけが加速しても仕方がない。目で見えていても、体がついてこなければどうしようもない。だから、身体も加速させる――こちらは、波によって神経や筋肉を刺激、躍動力に換える操作。つまりハヌマーンシンドロームとは――波使い!
 物体の振動を、身体の躍動を、調整・調律することによって、高速動作を体現!
 今や宙を這うナメクジみたいになった鳩の大群、その隙間を縫い、私は世鏡飾利へ肉迫しつつ――手に持った武器を構える。
 私の持つもう一つの力、モルフェウスシンドローム。
 物質の理解、分解、さらに構成、変換、そして創出――
 ――質量保存の法則を安々と無視する、究極の錬金術師的能力。
 十数秒前まで私の髪を留めていたアクセサリは、奇怪な形の刀剣へと姿を変えている。
 飛行機の翼を束ねたかのような形状――しかも、キチキチカタカタと目まぐるしくその作りを微変化、微調整させる剣――オーダーメイドにして私にとって最強の、個人兵器。
 跳躍。
 右足踏みきり、完全な突入角度の確保。
 標準時間感覚に於いて、瞬きも許されない刹那――私は飾利を間合いに捉える。
 ひねられた上半身ごと、右腕を振るう。
 彼女は、左背面の私の方を、にわかに振り返ろうと、しているようだった。
 遅い。
 三十分の一倍速より遅い。
「――『貴方のすべてにさよならをパストデイズ・ミキシング』」

 斬撃。

 飾利の首が舞い。
 後を追うように、全身が斬り分けられる。
 衝撃波――ハヌマーンである私の四肢は、容易に音速を突破する。大気中に居る限り、これは圧迫された空気による破壊、つまりは衝撃波ソニックブームの発生を意味する。とは言え、衝撃波も波の内――むしろそれらは第二の武器となる。
 生じた衝撃波すら操り、空力の粋を凝らした剣に纏わせ、幾重もの空気の刃とする。
 相手は、時間感覚が引き延ばされた死にゆく瞬間の中で、最後の旋律を聴くと言う。
唯一の曲律メルティングミックス”の真骨頂!
 時鏡奏手は衝撃波で、死を奏でる。
 ――着地。
「やるじゃないの」
 くるくると宙で踊る飾利の首が、口を動かす。
「でも、貴方の瞬間芸おあそびも、見飽きたの」
 くるくると宙で踊りながら、形を変えて行く。
「上がった腕も褒めたげない。だから――」
 ――私の番ね。
 部屋全体が、そう囁く。
 バラバラに散った世鏡飾利の体が――それぞれの部品パーツがそれぞれに。
 羽毛に包まれ、くちばしを生やし、翼を広げて――薄紫の鳩へと変貌する!
 キュマイラシンドローム――世鏡飾利の持つ、もう一つの能力。遺伝子を刺激し、肉体の組成を根本から造り換えてしまう症状シンドローム。それにより、人が既に失った、あるいはかつて憧れ続けた、野生の力を我が物とする――!
 牙、爪、外殻、翼にヒレに複眼に至るまで――何より、圧倒的な筋力!
 彼女はふんだんに力を発揮し、鳩へと生まれ変わったのだ。
 そして、ここまでが、彼女の仕込みトリック
「召し昇がれ! 装天祝服ファッショナブル・バイブル!」
 部屋中の鳩達が、一斉に私へ、隙間なく間断なく差し迫る!
 しかも――その全てが、目くらまし――
 これが――“和睦の服飾フルファッション”。
 されど。
 彼女のやり方は、既知の内。
 私は本命の世鏡飾利を――

 ぼぐぅっ……

 ――見極め、られなかった。
 嫌な音が腹部から響き、私は吹き飛ばされていた。
「ぐふ……っ!」
 破れた内臓が出血し、逆流した血が、口元に赤い霧を生む。
 形は鳩でも、怪力のキュマイラ――威力は大砲の弾丸にも劣らない。
 加えて、まだ、終らない――!
 ごっ、どごっ――ずががががっ
 部屋が――空間全体が彼女のもの。一撃でも喰らわせられれば、連撃させるのに苦など無い。
 つまり蹴鞠の気分よ!
 雅な貴族のお遊びね!
 無論。
 最先端の私が、いつまでも平安貴族に弄ばれてるわけには、行かない。
 手近な鳩に足をかけ蹴潰し(ごめんね!)、強引に空中で体勢を変更。
 そこへ飾利鳩の体当たりが右肩を掠め、私はきりきり回転しながら――
 ――私は壁に着地する。
 やっと狙いがはまった。
 蹴って、砕けた窓枠へ。
「ふっ、はぁ……、はあ」
 呼吸を調整する。
 じゅくじゅくと体中の傷が再生し、本来の機能を取り戻していく。
 何度か殺されてしまった。
 死んでも死なないオーヴァード。
 死ぬまで死なないオーヴァード。
 限界に達するまでは不死の肉体。
 いくら私の体感覚が優れ、相対的時間感覚が勝ってようとも、羽が生えるわけではない。つまり、空中でお手玉にされていて、しかも敵の位置がわからないという状態では――羽どころか、手も足も出ない。さっきみたいにどうにかして、固定された足場へ『飛ばされ』なければ、反撃は非常に難しい。
 世鏡飾利は、それを知っている。
 時鏡奏手の攻略、ハメ殺しの刑。
 しかし、私が完全に不利と言うわけでもない。最初の一撃を、飾利はわざと喰らったのではなく――純粋に、対応できなかったのだ。彼女は私の速度に追いつけない。一度も浮かせられなければ、どうしようもない。先に本体を見つけ、叩き伏せれば――私の方に勝機が在る。
 だから私の取る戦法とは。
 飾利に捉えられないほどの超高速で部屋を駆け回り、本体を確実に見つけ、叩っ斬る!
 足は止めない、無闇な跳躍はしない、今度はこちらが翻弄する――翻弄し続けてやる。
「――ふっ」
 深く息を吸い、さらなる加速。
 床も壁も、天井も、足場として徹底利用。
 鳩の大群を囲むようにはしり回りながら、飾利の本体を探す。
 彼女の部品が姿を変えた、数羽の鳩達。
 薄紫色で、
 動きの機敏な鳩――
「(何処に――あいつなら、何処に身を――)」
 視界に、深紅が、映り込む。
「――っ!」
 気付いた。
 今頃思い出した。
 私は今、単身ではない――優先事項は、あの女の子――“慈悲イノキュオス”の確保、だ!
 そして世鏡飾利の目的は、“慈悲イノキュオス”の処分――私じゃない。
 足を捌き、方向転換。
 おそらく、そこまで読まれてる。
 演出マジック仕込みトリックに見せかけた――立派な戦略トラップ
 飾利は私を見失っても、焦ることなど無かったのだ。
 標的を替えるだけで良い。
 自ずと私は、そこへ向かわざるを得ない!
「間に合って……!」
 右足を強く踏み込み、反動で左足を床に打ちつける。
 半ばめり込む足の裏。
 それでも止まらない。
 床面をバリバリと引き剥がしながら、速度を落とす。
 深紅の椅子の前、純白の少女をかばうように止まる。
 生じた衝撃波を剣で巻き取り――
 勢いのままに、上方を薙ぎ払う。
 周囲330度――迫りつつあった鳩達が、根こそぎ散らされた。
 しかし後方30度――すなわち椅子の真後ろの死角から、一匹。
 薄紫色の弾丸が、豪速で特攻して来ていた。
 けれど。
「――そうでしょうね!」
 読めた。
 一瞬先に、“慈悲イノキュオス”を左腕で抱え、
 振り返りながら、私の後方へ回していた。
 椅子が大破する。
 破片が降り注ぐ。
 体に突き刺さる。
 紛れて、飾利が――
 またしても、腹部を抉る。
 私は――
「――あ」
「くふっ……、残念ね!」
 ――吹き飛ばない!
 先ほど抉った床面に、足をしっかりと引っ掛けておいたのだ。
 衝撃で、さらに床がめくれ上がったが――
 ――捉えたわよ。
 剣を振り下ろした。

 斬っ!

 衝撃波が荒れ狂い、鳩の身体が微塵に失せた。
 もう一振るいして、羽根と破片と粉塵を払う。
 視界が開け――た、ところで。
 ぶぉぉぉぉおおおおおお……
 妙な音を耳にし、視線を向けると――レトロな置時計が二時を告げていた。
 時間感覚の加速により、変な風に聞こえたのだ。
 加速を解く。
 ……んんん、ぼーん……。
 置時計から鳩が出てきて、カタカタ動いていた。
「妙なところまで、こだわってるわね」
「『飾り』の一部だから、じゃないの」
 残った薄紫色の鳩達が集まり、向かいの窓枠に世鏡飾利の姿を再構成した。
「くるっく――二時になっちゃったじゃないの。宣告の通り、私は撤収させてもらうわ」
「今回は私の勝ちね――この子」
 抱きかかえた“慈悲イノキュオス”を示す。相変わらず安らかに、目を閉じていた。
「守りきったもの。保護させてもらうわよ」
「くるっく」
 馬鹿にしたように、上方から飾利は笑って見せた。
「どうぞご随意に。安っぽい優越感に浸ってるが良いじゃないの。でもこれは忘れちゃ不味いんじゃないの? 制限時間に救われたのは、貴方の方ってことをね。奏手」
「はん、そっちの方が安っぽい優越感でしょ」
「…………」
「……何よ」
 やや正面から睨みあって。
「くるっく――帰るわ。精々研鑚しておくことじゃないの?」
「その台詞、熨斗を付けて丁重に、そっくりお返しするわね」
 ばさっ、ばさささささささっ。
 静まり返ってた部屋中の鳩達が、一斉に羽をはばたかせ、窓から外へ去って行く。
 紛れて、世鏡飾利の姿も消えていた。
 羽毛アレルギーにとっては地獄のような光景。そこら中に散った羽根、いくらかの鳩の死体、ガラスと木の破片が残された。
「はぁっ……」
 強がってみたけれど、時間制限に助けられたのは確かに私の方。負けたとは思わないけど、あれ以上は“慈悲イノキュオス”を守りきれたか、怪しいところだった。まだまだ確かに、研鑚が必要みたいだ。
 ともあれ。
「――任務完了、直ちに帰還します」
 本部に通信を行った。
 剣を髪留めに戻し、右手で留める。
 もう一度ため息をついて、今回の私の功績――女の子を、抱え直した。
「まったくもう、可愛い寝顔ね」
 この日――八月一日午後二時二十五分を持って、“慈悲イノキュオス”はUGチルドレンとして保護・登録されることとなる。





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