・ 泡吹き等の命ほらふきなどのいのいち

    第一幕◆子守唄のように。        

    第二幕◆溶け行き一つへ。   

    第三幕◆揺らがぬ鼓動と。

    第四幕◆螺旋なりし偶像。



     第二幕◆溶け行き一つへ。 0


 彼女はとても不安だった。
 正しく言えば、彼女は私をとても不安にさせるモノ――それが第一印象だった。
 理解してもらえるように順を追うと、その日私は東京都内に所在する某有名大学を訪れていた。目的は一重に、彼女のスカウトのためだ。世間的に秘密、秘匿、機密とされている――露骨にわかりやすく言ってしまえば『無いこと』とされている――『オーヴァード』の存在。また、『オーヴァード』原因たる『レネゲイドウィルス』の存在。両方ともの実在をほのめかすかのような論文を、彼女はいくつも発表していた。勿論当局……『UGN』の権限によって、それら論文を何度か差し止めは行ったのだけれど、彼女は一向に懲りる様子を見せない。
 どころか。
 論文の内容はどんどん鋭くなっていく。
 いい加減に直接出会い、買収かUGNへの吸収、叶わぬのならば記憶の削除を行わなくてはならないとの判断が下され、私が面会に赴くこととなったのだ。
 何故私なんだろう。
 そう思ったけれど。
 理由は割と単純で、所属している枕辺まくらべ支部がその大学に近かったこと。彼女と私は同い年であること。たまたま私の仕事が終わったところで、次の仕事との間のインターバルが在ったこと。まとめて言えば、適当なところへ適当な雑事が回された、と。
 それだけのお話だ。
 特に気負うことも無く、私は彼女と、遭遇を果たした。
 果たして。
 しかしそれは、未知との遭遇だった。
 研究室内に於いて、彼女は白衣を着ていた。違う、白衣については良いんだ。普通だ。正常だ。そこじゃない。そこじゃないのよ。異常なことに、彼女はそれしか装着していなかったのだ。
 白衣の下に全裸を着ていた。
 生まれたままの姿だった。
 すっぽんぽんだった。
「……あり得ない……」
 対面時の私の第一声は、それだった。
 私はそれを後悔することとなる。何故なら、あり得ないのはファッションセンスだけでなく、彼女の生き方・人生、そのものだったからだ。会話するたび幾度もあり得ないと連呼する羽目に陥り、オウムにでもなった気分を味わった。
 アリエナイ、アリエナイ、コノコッテバ、アリエナイ。
 表現のバリエーション不足を感じてしまう。
 どのようなところがおかしいか――狂っているのかと言えば……まず、彼女は表情がほとんど変化しなかった。そして言語表現が通常のそれではない。なのに、論文から見るに頭はとんでもなく良いはずだ。常識を逸脱している発想・思考力。とりわけ異質なのは、目の前で会話をしているのに一向に――
 ――彼女が人間に感じられない――
 その点だ。
 良く出来た人形のように、中身が見えない。同じ構造だと信じられない。いや、もっと直接的に、彼女については空っぽに感じたのだ。外側しかない、人の真似っこをしている何か。本人も、自分が何であるか定義できないと口にしていた。
 何も無い彼女。
 ただし、食欲、睡眠欲、そして性欲は、さしもの彼女も所有しているらしい。人間の三大欲求持っているのだから彼女は人間である――わけがない。それだけじゃ動物じゃないの。知能は在っても自我が無い、とでも表せば良いのだろうか。
 ちなみに、性欲処理と称して、整った容姿と破廉恥極まりない服装で異性の研究員をたぶらかしては……以下自主規制。とにかく彼女はあり得なかった。
 まるで。
 他人にとって彼女は人形だった。
 彼女にとって他人は道具だった。
 それ故に酷く危機感に迫られた。
 何も無い彼女は、才覚だけは豊かで、優秀で。
 世界の秘密すらも暴きかねない力を持っているのに、空っぽで。
 悪用されたら目も当てられない。
 彼女はとても不安だった。
 だから。
 だから私は命令を下した。
「これからは、私の言うことを最優先で聞き、従いなさい」
 監視下に、置きたかった。
 管轄下に、置きたかった。
 彼女を、支配しなくては。
 彼女と、契約しなくては。
「改めて今、貴方に名前をつけようと思うの」
 だから名を奪い束縛した。
「今日から貴方は、……契。良いわね」
 魂を売り渡すかのような。
 罪深い行為だったとして。
 そこに、後悔などは無い。
「今日から同志として同僚として、事実上の上司として……そして友人として。よろしくね、契」
 抵抗なく彼女は承諾した。
 別に意外ではなかった。何故なら彼女は、誰かに従って生きて行くのが楽だから。そう生きるためだけのような、造形だから。空白の精神を埋めるものが、きっと必要だったから。私はそこに付け込んだのだ。
 優秀な才能は、活かせる場面で、生かすべき。
 間違いだなんて思わない。
 契約、所有物、有効活用。
 だからそれが今にまで続く、塵散契ちりぢり ちぎりとの、単純で明快な人間関係だ。





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