・限定的幻想譚――初期限定歴


   「仮一幕」


 サンドイッチはやはり無かった。
「悪いなー。新鮮な食料ってものが、そもそもねぇんだ」
「この村の様子じゃ、仕方ないわね」
 こうなってしまうと、空腹なのがむしろ幸いだ。保存食のたぐいでも、充分に美味しく感じる。後は食後のコーヒーさえあれば、とりあえず言うことは無い。
「コーヒー? ああ、炒れようか?」
「あるんだ」
「是非飲んでみてくれ。その価値はあると思うぜ」
「ふぅん」
 彼はやけに自信が有り気だ。喫茶店でも開いていた事があるのだろうか?
 青年。金髪碧眼の青年。結構鍛えた体をしていて、頼りない印象は無い。歳は大して変わらないと思うのだが、なんだかこう……私と大分思考形態が違うようだ。出来ること出来ないことも、多分かけ離れている。何より、あの爽やかさは私には到底真似できないだろう。したいとも思わないけれど。
「お待ちどう」
「ありがとう」
 コーヒーを青年が持ってきた。
 飲んだ。
 噴いた。
 空前絶後だった。
「まずっ! 不味いっ! 不味過ぎるっ! 在りえない不味さ! 飲み物じゃない!」
「だろ?」
「だろ!? よくもいけしゃあしゃあとそんな事言えるわね!」
「飲んでみる価値はあっただろ?」
「…………」
 確かにあった。一度飲んでみる価値はあった。しかし二度目以降は無い。そう言う味だった。一体何をどうすればあの芸術品をここまで台無しに出来るんだ。全然理解できない。私には到底真似できないだろう。断じてしたいとは思わない。
 布を取り出して、口元とテーブルやカップを拭く。
 しかし我ながら、年頃の女性にあるまじき酷い顔をしてしまった。嫁入り前にこいつを抹殺しておかねばならない。結婚するつもりも予定もない身でありながら、そんな事を思ってしまうくらいに。
 はぁ。
 ここは一つ、教えてやろうではないか。
「うわ、何だその機械は」
「全自動珈琲抽出機『シャト・ノワール-42.36』よ。コーヒー豆の種類と乾燥具合を分析し、完璧に私好みのドリップをしてくれる。私の一世一代の発明と言っても過言ではないわね」
「すげー。何より凄いのは、42.36って、42号機を36回改造したんだろうって所だな」
「よく気付いたわね」
「あんたすげぇよ」
 純粋に凄いと思っているらしく、何やら尊敬と羨望のまなざしで、『シャト・ノワール』と私を交互に見やっている青年。そのまなざしに嫉妬の色を少し混ぜれば、教会で散々晒されてきたそれとなるのだが……。混じり気が無いだけで、こうも印象が変わる。
 まるでコーヒーのブレンドのようだ。
「なぁ、スイッチ入れて良いか?」
「壊さないでね」
「ならやめとく」
「やめるの!?」
 壊すつもりだったのかよ。なんて奴。
 自分でスイッチを入れて、コーヒーを飲む。一息ついたところで、気になっていた話を始める事としよう。このまま村を出る手もあるのだが、この不思議な青年の存在は、私の少ない好奇心をあまりにそそるのだ。しかし関わる以上、飲まれないように気を引き締めないとならない。豊かな香りと、口の中に広がる苦味が、それを自然と促してくれる。
 『シャト・ノワール』、今日も良い仕事だ。
「おおおお、コーヒーとはここまで美味しいものだったのか」
「そうよ」
 どうだ、見たか。
「オレンジジュースとグレープジュース、それとホットミルクの次くらいには美味しいかもしれない」
「…………」
 カップを、ソーサーに戻した。音を鳴らさずその行為を完遂するのに、これまで経験した事がないくらいの神経を使わされた。
 爽やかに言いやがって。
「まずは、何でこんな退廃した村に一人で居るのか、教えてくれる?」
「話せば長くなるんだけどな」
「なら、入り口を閉めなさい。寄生された村人に入ってこられたら、話が中断してしまうわ。見ている限り、何か必要があって開けていたわけではなさそうだし」
「成る程な。今になってそれを言ったのは、俺を観察してたのか」
 宿の扉を閉め、軽く鍵をかけながら、感心したように青年は言う。
 いや、ただ単に食べるのに夢中だっただけだけど。不必要な事は言わないくらいの甲斐性は、私も持っている。
 ぱたん がちゃ がちゃ。
 青年が席に戻ってきて、座る。
「そもそも、何で開けていたの?」
「あんたが村に来たからだよ」
「要するに、私が村に到着した時点で、私の存在に気付いたという事?」
「機械の音も聞こえたし、気配もしたからな」
 何が気配だ。『ドゥシュヴォ-2.27』は低騒音駆動を実現しているし、浮遊移動をするから地面との摩擦音も無い。獣並みの第六感を備えているのかお前は。私はレーダーでも使わないと、宿の外の事なんか分らないぞ。私の感覚の方を一般人のそれと思って、問題無いはずだ。経験上。
 つまり、この青年は、人間離れした感覚をもっているわけだ。
 しかし、入り口で襲ってこなかったところから考えて、寄生生物ではない。出された物を食べる前に勿論異物の検査はしたが、何も混入されてはいなかったし……信用も油断も出来ないが、敵対する意志はとりあえずのところ無いと見て間違いないだろう。
 当の本人は、少し真面目な顔をして話を続ける。
「化物が出るらしいんだよ」
「貴方の事ね」
「え? 俺ずっと自分の事を人間だと思ってたんだけど」
「間違えたわ。続けて」
「ま、いいや。えーと、だから、この村に化物が出るらしいんだよ。正確には来るって言うか。襲来か」
「今は町中そんな感じだけど」
「そうじゃなくって」
 要領を得ない。説明は下手なようなので、聞き上手に徹する事にしよう。
「整理して話してくれないかしら。時系列順に」
「わかったわかった。ちょっと待ってくれ」
 そう言ってから顎をつまみ、しばし沈黙する様子の青年。少しの時間の後、彼は語り始めた。

「俺は以前この村に来たことがあって、その時はこの宿にお世話になったんだ。宿の息子――俺よりちょっと下くらいの奴かな――と仲良くなったのも、その時。で、今から一ヶ月くらい前に、連絡があったんだ。ああ、俺の村は教えておいたからな。それによると、村に夜な夜な化物が襲来するらしい。どんな化物? んー、目が赤くって、人の二倍くらいの大きさで、怪力で、あー……家をぶっ壊せるくらい。……、だから最初っから化物だって言ってるだろう。えっと、その化物を退治して、村を守ってくれって頼まれたんだよ。あ? 俺は歴史に名を残す男だぜ。化物を倒せる人間は人間か? 難しい事訊くなよ……。そんでもって、三週間くらい前にこの村に俺は到着したわけだ。その時この村に残っている村人は、僅かだった。寄生生物に対して俺が出来ることは、ろくに無かった。やがて、村人は全員寄生されちまったよ。宿の息子……あいつならこの宿の裏の庭に埋めておいた。墓が見たければ案内するけどよ。うん。で、そう言うわけで、俺はここで、その化物を待ってる。以上だ」
「…………」
 …………。発言はおろか思考も停止した。
「何かリアクションしてくれよ。いらねぇ突っ込みは散々入れたのに」
「訊くけれど、村人は全員寄生されたのよね?」
「そうだな」
「三週間前に村に来たのよね。全員寄生されてしまったのはどのくらい前?」
「二週間くらい前かな」
「なら、二週間……ある意味無人のこの村に、貴方は居たわけ?」
「うん」
 馬鹿だ。
「馬鹿よ」
 凄く馬鹿だ。
「凄く馬鹿よ」
 とてつもない馬鹿だ。
「とてつもない馬鹿よ」
「三回も言うなよ! なんだか倍の数言われた気になったのはなんでだ!?」
「それは貴方が馬鹿だからよ」
「待て待て待て、何処が馬鹿なのか教えてくれ! 理不尽だ!」
「貴方の行動が理不尽よ!」
 机をこんこんこん、と私は叩いた。思いの他苛々する話だった。
 それでも優しい私は、丁寧に、彼の何処が馬鹿で理不尽なのかを説明してあげよう。
「村人が全員寄生されてしまったのなら、貴方が化物を倒す義理は無いし、少なくとも村を守る意味は無いじゃないの。何のためにこんな危険な村に残っているのよ。まぁ、寄生生物だらけの村で三週間も生き延びたのは、確かに凄いかもしれないけれど……」
「何のためって……化物を待つためだろ?」
 話が通じてない。
「だーかーらー! 化物退治を頼まれたのは、村を守って欲しいからでしょう。守る対象である村がこんな壊滅状態なら、すでにその依頼は無効でしょう?」
「いや、そんなことねぇよ」
「は?」
 わけがわからない、と言う顔をしていたこの青年は、やけにはっきりとそう言った。今度は私の方が、わけがわからなくなる。
「依頼は無効じゃない。無効だと決めるのは俺だろ? 確かに村は壊滅も同然かもしれねぇ。けれどそれは、依頼された化物によって壊滅したわけじゃない。だったら、俺は化物を退治して、『化物から』村を守らなくちゃいけない。何故なら――」
「……何故なら?」
「――約束だから」
 ……真っ直ぐに私を見つめてくる。射抜くような瞳だ。
 なんなんだこいつ。一体何を言ってるんだ。思考形態が違うにも程があるだろう。
「約束は果たさなきゃいけない。相手が見ていなくても、相手が死んでいても、だ。この程度の約束が守れない奴が、自分自身との約束を守れるわけがねぇだろうが。俺は歴史に名を残すと、俺と約束したんだ。だから、俺はこの村でずっと待ってたんだ」
 ばーかーだーっ!
 あらん限り全身全霊の全力を込めてこの世界で一番高い場所から大空に向けて思い切り咆哮するように神様と人類へ堂々宣告してやりたい。こ・い・つ・は・馬・鹿・だ。
「お、おい。大丈夫か? 顔を伏せたままカタカタ震えてるけれど……は、腹でも痒いのか?」
「痛くも痒くもないわぁっ!」
「お、おう、頑丈……? だな?」
 黙って、『シャト・ノワール』のスイッチを押す。コーヒーでも飲まないとやっていられない。ああ、おへそでコーヒーが沸いてしまう。笑えばいいんだか怒ればいいんだか、はたまた泣けばいいんだか。落ち着こう。
 ふぅ、動揺した。
 落ち着いた私を見て取ったか、青年は爽やかに笑って話を続けた。
「だからさ、あんたがこの村に来た時、嬉しかったんだよ」
「何? 念願の化物がやっと襲来してくれたって?」
「何でそう刺々しいんだよ。違うって」
「?」
「いやぁ、俺だけじゃこれからどうすればいいんだか分らなかった、って言うのもあるんだよ。勿論、このまま村を放って帰るって言う選択肢は無いけれどさ。けれど、あんた機技師って言うし、相当腕も良さそうだ」
 先が見えた。
「手伝わないわよ」
「マジで!?」
 手伝う義理なんて何処にも無い。それなのになんだ、その驚き様は。寄生された村の少女に襲われた時だって、私はそんなに驚かなかった。さっきまでの私と比べて、どちらの方が驚いているかと問われると、難しいところかもしれないが。
「食べ物あげただろ? コーヒーやっただろ?」
「村にストックされていた保存食だし、コーヒーに至っては飲まない方が良かったわ」
「わかった。そう言うなら仕方ねぇな」
 お、潔い。こう言う潔いところは好感が持てるな。
「そう。じゃあ幾分か食料を貰って、私はこの村を出るわね」
「やらん」
「しまった!」
 浮かしかけた腰を降ろして、私は掌で顔を覆う。失態だ、失策だ、失望だ、失墜だ。
 そうだ、私は食料類が底を突いていたんだ。その弱みの分、相手にアドバンテージがあるのだった。先ほどの動揺で、うっかり忘れてしまっていた。なんて事だろう。答えは見えているが、試しに訊いてみるだけ訊いてみる。
「……何が望みよ?」
 青年は、すっかりもう御馴染みになったあの笑顔を見せて、言った。
「んじゃ、俺の炒れたコーヒーをもう一杯飲んでくれ」
「それだけはいやぁああああ!!」

 かくして。
 私はこの青年と、化物退治をする羽目になったのだった。






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