「嘘吐きな臆病者の詩。」







 警告します。






 こんなもの、書いちゃいけない。
 こんなもの、載せちゃいけない。
 こんなもの、読んじゃいけない。

 こんな思いは、吐いちゃいけない。
 知られちゃいけない。
 …………。

 私を着た私がそう言う。
 私の表面が叫ぶ。
 必死に訴える。
 …………。

 苦しい、苦しい。
 苦しい苦しい苦しい。
 苦しい。
 悲しい、悲しい。
 悲しい悲しい悲しい。
 悲しい。

 それでも私は、それを言うことを許されない。
 何より私が許さないから。
 …………。



 各駅停車の電車が、こちらへそろそろと、申し訳なさそうに向かってきます。
 そのたびに私は、線路へ飛び込んでみたくなります。
 何トンと言う巨体に、何十何百と言う人間を乗せた、その膨大な質量が、いま少しの荷物をおろし、また新たな人間達をその中へ積み込むべく、私が鼻歌を歌いながら歩くよりも遅いくらいまで速度を落としています。あの程度の速度なら、たとえこの虚弱な身であろうとも、ぶつかったところで大した事にはならないのではないかと、そう勘違いしてしまいそうに、なります。
 おあつらえ向きに今日は雨が降っています。
 したがって私は傘を持っているのです。
 だから、自分がこの腕を前に突き出さなくても、足を突き出さなくても、身を挺しなくても、傘をちょいと前に突き出すだけで、あの巨体の緩やかな突進がどれほどの衝撃を伴うかを、知ることができるのです。
 まぁ。
 やりはしませんけれど。
 今日も、人身事故や接触事故を引き起こすことなく、無事に目の前の扉が開き、通勤電車の中に私は乗り込めました。むわっとした空気と、詰まらなそうな人々の表情、一瞬興味を示して散ってゆく視線、センチと言う単位よりさらに細かい対人距離が、自分を迎えてくれます。
 扉が閉まります。
 ぷしゅー。
 誰かの溜息みたいな音がします。
 身をハムスターみたいに縮こまらせて、誰も挟まりません。私はそれが残念でなりません。
 そんな風に溜息をつかないで。これから数分、あるいは十数分、数十分間、同じ閉鎖空間の中で時を過ごすのだから。なんて感慨も、抱く余地はありません。彼らは、あるいは我らは、同じ場所に居合わせていても、同じ世界を共有しているわけではないのです。私が今考えていることを分かち合う相手が、この車内には存在しないのと同様に。
 漫画雑誌を読んでいる人がいます。顔が不細工なおじさんです。こんな車内でふてぶてしく雑誌を読めるだなんて、なんて羨ましい、なんて憎らしい精神構造をお持ちなのでしょう。漫画の内容が気になってしまい、うっかり覗き込んでしまいます。はしたない。汚らわしい。ふてぶてしいのは自分ではありませんか。
 髪の毛を染めた女性が乗り込んできます。猫背です。猫背なんてこの世からいなくなれば良いですのに。格好悪い。けれど、もし猫背が居なくなったとしたら、姿勢が良いという私の僅かな矜持は、もはや何の価値もなくなるのでしょう。それが例えどんなちっぽけな価値であれ、なくなるのは気分が悪い。
 気分が悪い。
 どんよりとした空気の中、電車は進んでいきます。曇天模様。やがては何の不具合も無く、ずれたとしても数分の誤差範囲で、目的地へ着いてしまいます。遅れたら遅れたで、また不愉快な気分を味合うと言いますのに、時間通りのなんて腹立たしい事。自分が腹立たしくて仕方ない。
 何でこんなに、こんなにも。
 どこかだるい。気だるい。
 全て投げ出してしまいたい。
 それでも、私は、心なしか笑顔を口元に称えて、改札を通ります。
 白々しく、本当に白々しいまでに、私は頭の中に文章を浮かべているのです。

 よし、こんな日だからこそ、今日も頑張ろう。元気良く。

 薄皮一枚隔てたところで、私は軽蔑するようにそんな自分を見ています。



 退屈とはこう言うことを言うのでしょうか。何をやろうにも、楽しい気分になれません。好きであるはずのことに手をつけようと試みるも、なんだかすぐに嫌になります。
 昼食の時間になりました。朝食は食べ損ねたので、何か食べた方が良いと思います。不思議とお腹は空いていません。峠を通り越してしまったのでしょうか。けれど現に先ほど、浮遊感がしました。食べた方が良い。
 けれど、人ごみの中に入り込むのが嫌で、お金を使うのが億劫で、そしていつの間にかお昼休みは終ってしまいます。午後の時間が始まります。
 食べないと。
 食べないと死んでしまいます。
 いいえ、死にはしません。所詮倒れるだけ。倒れたら、きっと病院に連れて行かれます。なんて恥さらし。そしてすぐ現実が戻ってきて、結局ただ時間を無駄にするだけです。だから食べないといけません。
 だけど、食べそこねました。そうしておきたい。



 声が聞こえる。
 雑音が聞こえる。
 すぐそこでお喋りしている人間の、なんて五月蝿い事、煩わしい事。なんて、楽しそうな事。頼みますから、静かにして欲しい。静かにして、静かにして、頼みます、お願いです。貴方達、気持ち悪いんです。
 気持ち悪い。
 本当に気持ち悪い。キモチワルイ。
 あれが人間なのでしょうか。だとしたら、人間のなんて気持ち悪い事。吐き気がしてしようが無い。人間が、集団が、楽しそうな人たちが、あのお喋りが、何でこうも気持ち悪いんでしょうか。ガラスを隔てて、世界中の人とガラスや仮面を隔てて生きたい。けれど、独りは嫌です。
 きっとこれは病気。
 一対一なら、あるいは心知れた人たち相手なら平気なのに。
 誰かと話したいのに、人間は気持ち悪い。
 人間が怖い。
 きっとこれは病気。
 相談したい。友達に、知り合いに、あるいは家族に、言いたい。けれどそれは、明るく前向きに振舞っている自分を捨てる事。そうやって振舞っている自分が、結局『振舞い』に過ぎないのだと、悟らせてしまう事。もう既に知られているかもしれないけれど、それを知られるのは嫌です。
 そしたら私の心地良いところは、消えてしまう気がするから。
 かりそめの安心でも、無いよりは良いから。
 なら、カウンセリングへ行こう。精神病のお医者さんへ、こっそりと相談しに行こう。それならきっと、専門家の方々ならきっと、素晴らしい、楽になれる方法をご存知のはずです。何かお薬を処方して下さるかもしれません。
 けれどそれも駄目。
 相手が誰であれ、他人相手に……「人間が気持ち悪いんです」と言っている自分を想像したら、情けなくて仕方なくなります。なんて屈辱、なんて侮辱。そんな辱めを受けたら、きっともう私は私として生きていけない。私を手放すのが惜しい。私を手放すのが、もっと怖い。
 外皮だけの、仮面のような偽物の自分でも、手放すのが怖い。
 耐えられない。



 時々夜に、叫びだしたくなります。何もかもかなぐり捨てて。
 助けて! 助けて! 誰か助けて! 誰か支えて! お願い!
 お願い……。
 だけど、そんな情けない事はできません。そんな迷惑な事は出来ません。
 もう、一人で生きていける歳なのですから。一人で生きていけるだけの知識も知恵もついているはずなのですから。他の人達は、一人で生きているのですから。
 一人で? まさか。
 群れて生きているのです。彼らには、頼れる友達が、知り合いがいるのですから。
 それで良い。それが普通です。
 けれど、理解できません。
 何でそんなに弱みを見せられるんですか? 何でそんなに苦しみを分かち合えるのでしょう?
 何でそんなに簡単に、幻のような共感を持てるんですか。
 失敗談の何が楽しいんですか? 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、怖い。
 私だって助けて欲しい。全部さらけ出したい。
 けれどこれまで頑張って、ちっぽけな私なりに頑張って構築してきたスタイルが、それで壊れてしまいます。頑張って繕ってきた、前向きで、明るくて、……そう在りたいと思ってきた自分が、崩れてしまいます。そんな、曝け出したりしたら。
 誤解されてしまって、二度と元には戻れない気がするのです。
 違う。
 理解されてしまうのが怖いんです。
 こんな私だと、理解されてしまうのが怖いんです。

 道を歩いているごとに、誰かに刺される事を夢みます。
 誰とも知らない誰かに、突然前触れも無くナイフでさくっと刺されて、そのまま倒れて、耐えられないような痛みとともに、真っ赤になって、真っ暗になって、全部お終いになってしまうことを、どこかで強く望んでいる気がします。
 真っ白になることを。
 助けて。助けて。助けて。助けて! ……助けて。
 死にたいわけではありません。
 けれど死にたくないわけでもありません。
 もし何処からか死がやってきて、私に取り憑いたとしても。幾許かの後悔と哀しみ、好きな人達と好いてくれた人達への申し訳なさを淡く抱いたまま、それを受け入れてしまう気がします。
 抗いたいのに。
 今、抗いもがき、苦しんでいるのに?

 どうしようもなさに、泣きたくなります。どうしようもないと泣き言を言う自分に、胸が痛い。
 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
 こんなにも胸が痛くて、気持ちがこみ上げて、目元がじんじんとしますのに、涙は出ません。
 もし洗い流せるくらい、涙を流せたのなら、楽になるのかもしれません。
 だのに、必死に泣こうとしても、出て来る涙は絞り粕のようで、苦しさを絵に描いたような軽薄なうめき声と、気化熱を感じる程度の頬の湿り気に、より一層胸は痛くなるだけです。
 やがて、胸の痛さも引いた後には、ただの、空虚のような――全部無駄だったような、そんなぽっかりとした気持ちだけが残ります。痛みを感じる心すらも、どこか行ってしまったような。そのままどこか行ったっきりで、世界が終わってくれれば良いのに、またそのうち戻ってくるのです。
 痛みを伝えるためだけに。



 それらは劣等感なのでしょう。非常な質量をもった劣等感。
 あるいは自己嫌悪。そんな自分を、酷く嫌っている自分。
 楽しい気分になれない自分が嫌い。楽しんでいる人間を疎ましく思う自分が嫌い。どうしようもなく劣等感を感じる。ちゃんとできない自分がとても劣等に思える。自信がもてません。自分を信じる事が出来ません。だから他人を信じる事が出来なくて、ちゃんと生きていける他人が羨ましくて、尊くて、そして妬ましくて仕方が無い。普通が羨ましい。
 真面目になりたい。
 他人を愛したい。
 愛されたい。
 生きていると思えるくらい、生きていたい。

 けれどそれをかなえることの、なんて難しい事でしょう。



 私は、私の憧れる私を取り繕う私と、そのギャップに苦しむ私との間で、擦り切れそうです。
 たまに、たまらず、悲鳴もあげます。
 苦しみと悲しみと痛みと、妬みと僻みと恨みと憎しみの、とてもとてもおぞましく醜い言葉が、漏れ出てしまうこともあります。けれど。そう言う時は、私は言うのです。言ってしまうのです。
「冗談です」
「ちょっとした毒舌です」
「だから、気にしないでくださいね」
 気付いて欲しい。誰かに、気遣って欲しい。
 私は人間が気持ち悪くて怖くて大嫌いなのだと。
 でもだからこそ、とても寂しくて、愛して支えてもらいたいのだと。
 だけどそんなことを言ったら、益々私の憧れから遠ざかってしまいます。

 憧れ。
 明るくて、楽しくて、皆を笑わせられて、幸せにすることが出来て。
 人間が大好きで、人間を愛してやまなく、他の人の苦しみや痛みをわかってあげられて。
 誰かの生きる希望となり得るような。
 そう言う憧れに、私はなりたい。
 なのに、私はそれから程遠い。
 目指せば目指すほどに、擦り切れそう。
 千切れそう。
 私は道化に過ぎないのです。
 私は偽者に過ぎないのです。



 苦しい、苦しい。
 苦しい苦しい苦しい。
 苦しい。
 悲しい、悲しい。
 悲しい悲しい悲しい。
 悲しい。
 それでも私は、それを言うことを許されない。
 何より私が許さないから。
 こんなもの、書いちゃいけない。
 こんなもの、載せちゃいけない。
 こんなもの、読んじゃいけない。
 こんな思いは、吐いちゃいけない。
 知られちゃいけない。
 そんな私は、私のなりたい私じゃないから。

 でもだけどだけれどけれど、書かずに載せずに読まれずにいられない。
 知ってもらえるかもと言うほんの少しの希望だけを添えて晒します。
 もう、いい加減、爆発して、壊れて、崩れて、沈んでしまいそう。
 これは、私への、私からの、私なりの、心ばかりの抵抗です。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 ごめんなさい。









 ここまで来ても往生際悪く、私は言うのでしょう。
 全部冗談なんです。
 気にしないでください。
 嫌わないでください。






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